v2の設計 - 参議院
参議院はプロフェッショナリズムと外交安全保障を担う。
ここで誤解してはならないのは、参議院がエリート機関ではないということである。参議院は特別な専門家集団の府ではない。働く国民が、自分の仕事の領域を通じて代表される場である。
国民は誰もが、どこかの領域のプロフェッショナルである。農家は農業のプロ、工員は製造のプロ、医師は医療のプロ、教師は教育のプロ、看護師は看護のプロ、主婦は家事と育児のプロ。仕事をしている者は誰でも、自分の領域で結果責任を引き受けている。参議院は、この「誰もがどこかのプロである」という事実を制度的に代表する場である。
参議院はv1の民意原理とは異なる正統性原理で動く。ただし「異なる正統性原理」とは、民主主義の外に出ることではない。民主主義の正統性が結果責任の引き受けにあるという原理は、参議院においても維持される。衆議院では個人が自分の生としてその結果を引き受ける。参議院では各専門分野のプロフェッショナルが、その分野の意思決定の結果を自らの職業的存在として引き受ける。医療判断の結果は医師が患者との関係の中で引き受ける。法の運用の結果は法律家が自らの仕事の中で引き受ける。農業政策の結果は農家が自らの田畑の中で引き受ける。結果責任の引き受け方が個人のものから専門分野のものへと変わるだけで、正統性の源泉は同じである。
参議院の自己組織化
参議院は、国政に必要な専門分野を参議院自身が特定する。そしてその分野の代表団体を、参議院自身が認定する。認定された団体が、自らの内部ルールで代表者を選定し、参議院に派遣する。任期も団体が自律的に決定する。参議院はその派遣を受け入れる。
この設計は、いくつかの本質的な特徴を持つ。
第一に、国家が「プロフェッショナル」を定義しない。医療のプロフェッショナルとは何かは医師会が定義し、法律のプロフェッショナルとは何かは弁護士会が定義する。国家が試験や資格で一元的に定義すれば、国家に都合の良いプロフェッショナルが選ばれ、定義が時代遅れになっても更新されない。各分野の内部論理で定義が更新される仕組みが必要である。
第二に、代表性の源泉が分散する。衆議院の代表性は「有権者の数」という単一の指標から生まれる。参議院の代表性は「各専門分野内での信頼」という多数の指標から生まれる。医師としての信頼、法律家としての信頼、科学者としての信頼、農家としての信頼、それぞれが独立した代表性の源泉となる。そしてこれらの信頼は、各分野内で結果責任を引き受け続けてきた者に与えられる。単一指標で決まる院と、多元指標で決まる院が並立することで、二院制が初めて本質的な意味を持つ。
第三に、任期が自律的に決まる。各団体が自らの分野の時間軸に応じて任期を設定する。医療分野の時間軸、外交の時間軸、技術の変化速度、それぞれが異なる。国家が一律に四年や六年と定めることは、分野の時間軸を無視した恣意である。団体が自分たちの分野に適した任期を決めることで、分野の実態に即した代表関係が維持される。
参議院の動的更新能力
参議院は自らの構成を自ら更新する能力を持つ。新しい専門分野が社会的に重要になれば、参議院がその分野の代表団体を認定する。既存の代表団体が機能不全を起こせば、参議院が別の団体に派遣権を移すか、他の関連分野の代表を増やして相対化する。
v1の議会は、選挙制度や定数が法律で固定されており、時代の変化に対応するには法改正という外部介入が必要である。改正は利害関係者の抵抗で遅れる。v2の参議院は、自らの構成を自ら決定するため、時代の変化への適応が内部で完結する。
ただしこの自己組織化能力は、同時に自己硬直化のリスクを内包する。参議院の既存構成員が、自分たちに都合の良い分野を優遇し、不都合な分野を排除する可能性がある。このリスクは参議院内部では解決できない。解決は衆議院との相互チェックに委ねる。
団体の交代と独占問題
代表団体の腐敗や機能不全は起こり得る。その場合、参議院は団体を交代させる。ただし、ある分野に一つしか団体が存在しない状況では、交代先が存在しない。この独占団体問題は、v2の設計における現実的な論点である。
対応としては、参議院が新しい団体の設立を促進する、あるいは隣接分野の代表を増やして独占団体の影響を相対化する、といった選択肢がある。完全な解決策ではなく、状況に応じた調整となる。この調整能力自体が、参議院の自己組織化能力の一部である。
プロフェッショナリズムの府としての純化
参議院は衆議院と同様に、原理を純化する。ここに民意を混ぜ込まない。選挙で選ばれた議員を参議院に入れない。民意の原理と専門性の原理を混合すると、どちらの正統性も曖昧になる。
参議院は「民主的に選ばれた機関ではない」のではない。むしろ、民主主義を「結果責任を引き受ける者が、領域に応じた適切な委任を通じて意思決定に関わる分散統治」と定義し直した時、参議院こそが民主主義の純粋な実装となる。各専門分野の内部で、その分野の結果責任を引き受ける者たちが選んだ代表が、分野横断的な意思決定の場に集まる。これは選挙一元化の誤謬から解放された民主主義の姿である。