家族の再定義
経済v2の中心は、家族の再定義である。ただしこれは、戦前の家族を復活させる復古ではない。現代の条件下で、共同体としての家族を機能させる再設計である。
家族の機能から定義する
現在の日本の法制度では、家族の定義は戸籍に基づく血縁・婚姻関係である。これは近代国家が国民を管理するための定義であり、共同体としての家族の機能を規定したものではない。
経済v2では、家族を機能から定義し直す。
- 世代を超えて継承する単位
- 相互扶助が無条件に成立する単位
- 時間軸の長い責任関係を持つ単位
- 個人の限界を補完する単位
- 次世代を育てる単位
これらの機能を果たす単位が家族である、という機能定義。結果として血縁や婚姻と重なる部分が多いが、それに限定されない可能性もある。
外側と内側の対称的な代表権
伝統的な日本の家族は、対称的な二つの代表権で成立していた。
外側の代表。対外交渉、経済活動、公的な場での家の代表。
内側の代表。家の中の運営、家計管理、子供の教育、家族の維持。
これは従属関係ではなく、機能分化した共同経営の構造である。両者が対称的な代表権を持ち、それぞれの領域で決定権を持つ。どちらが欠けても家は機能しない。
現代で流通している「戦前の家族=女性の従属」という物語は、外側の代表権だけを見て、内側の代表権を無視する視点から生まれている。外側から見れば、夫が対外的に家を代表し、妻は外に出ない。これを「妻は表に出られない」と解釈すれば、従属の構図になる。
しかしこれは、外側の視点が全てだと前提した時に成立する解釈である。実際には、家の内側にも代表権と意思決定の領域があり、そこでは妻が代表していた。夫は内側には口を出さない。これは従属ではなく、領域ごとの分権である。
この視点から見ると、「女性の従属」物語は、内側の領域自体を価値のないものとして扱う現代的な視点の産物である。経済的な意思決定や社会的な意思決定だけを「意思決定」と見なし、家の中の運営や育児や教育を意思決定と見なさない。だから「女性は意思決定から排除されていた」と解釈される。
これはまさに、GDPが家庭内労働をゼロと見積もるのと同じ構造の誤謬である。内側を価値から外す視点。
「女性も輝く」の構造
「女性も輝く社会」というスローガンは、一見、女性の権利を広げる政策に見える。しかし構造を分析すると、別の含意が埋め込まれている。
「女性も輝く」と言う時、どこで輝くのかは明示されていない。しかし文脈から、輝く場所は家の外である。職場、ビジネス、政治、起業。裏を返すと、家の中は輝かない場所だという前提が埋め込まれている。
これは単なる言葉の問題ではなく、政策としての価値観の宣言である。政府が公式に「家の中は輝かない」と認定し、女性を家から外へ押し出すことを政策目標として掲げた。
結果として、女性は以下の状況に置かれた。
- 外で働くことが「正しい生き方」とされる
- 家にいることは「遅れている」と位置付けられる
- 多くの女性が外で働く
- しかし家の中の仕事は誰かがやらねばならない
- 男性は家の中に入らないので、女性が外と内の両方を担う
- 外で働きながら、家の中も回す
- 疲弊する
- 結婚や出産を避ける選択が合理的になる
- 少子化が進む
これは「女性が輝く」どころか、女性に外と内の両方の負担を押し付けた構造である。しかも「輝いている」という物語で包装されているので、苦しさを口にしにくい。苦しいと言えば「まだ解放が足りない」という話になり、さらに外への進出が求められる。
政策の背後にある論理
「女性も輝く」政策は、表向きは女性解放だが、構造的には女性を市場経済に引き出す政策でもあった。
- 女性が市場労働に出る → GDP上昇
- 家の中の労働は市場化される(保育、介護、家事代行) → さらにGDP上昇
- 共働きの必要が生まれる → 消費が増える → さらにGDP上昇
経済指標の上では「成長」として記録される。しかし実態は、共同体の内側を解体して、その機能を市場に移管しているだけ。共同体経済はゼロになり、市場経済が膨張する。
フェミニズムと市場経済原理主義は、別のイデオロギーだが、この政策では利害が一致した。前者は女性の外への進出を、後者は女性の市場への投入を望んだ。両者は別の動機から、同じ政策を支持した。
正しかった政策
正しい政策は「女性も輝く」ではなく、「家の中も輝く」だった。
家の中の労働を価値として認める。誰がそれを担うかは家族が決められるようにする。男性が担ってもいい、女性が担ってもいい、分担してもいい。しかし担うことが価値ある選択だと社会が認める構造が必要だった。
この政策なら、女性が外に出る選択も、家に留まる選択も、両方が尊重される。男性が家に入る選択も尊重される。家族が自律的に役割分担を決められる。
現実にはそうならなかった。「女性も輝く」という物語の下で、家の中の価値が否定され、外に出ることが唯一の正解とされた。これは女性の選択を広げたのではなく、別の方向に狭めたのである。
v2家族の設計
以上を踏まえて、v2家族を設計する。
維持するもの
- 外側と内側の対称的な代表権
- 役割分担による共同経営
- 両方の代表権が価値として認められる社会構造
- 世代を超えた継承単位としての家族
- 相互扶助の長期的単位としての家族
時代遅れとして除去するもの
- 役割の性別固定(夫=外、妻=内)
- 性別による割り当て
- 個人の選択可能性の制限
v2での再設計
- 外側と内側の対称的な代表権は維持
- ただし誰が外側を担い、誰が内側を担うかは、各家族が自律的に決定
- 両方の代表権を価値として認める社会構造を回復させる
つまりv2家族は、役割の性別固定を外しつつ、役割そのものの対称性は維持する設計である。夫が内側、妻が外側でもいい。両方が両方を分担してもいい。しかし、内側の代表権が価値として認められない構造は回復する必要がある。
次の章へ
家族を再定義した上で、家族を中心とした経済をどう設計するか。税制、社会保障、労働制度、住宅制度、これらをどう再設計するか。次章では、その設計原理と今後の課題を扱う。