Skip to content

外部調達社会の診断

現代社会の構造原理を一文で要約すると、こうなる。

自分たちは将来世代のための投資はやらない。将来世代は外部から調達する。

これは少子化と移民の話に限定されない。同じ構造が、あらゆる領域で現れている。

同じ構造の反復

現代日本で起きている様々な問題を並べると、同じパターンが見える。

  • 人口が足りない → 移民で調達
  • 食料自給率が下がる → 輸入で調達
  • 介護人材が足りない → 外国人労働者で調達
  • 子育ての時間が取れない → 保育園と家事代行で調達
  • 家族機能が弱る → 市場サービスで調達
  • 地域の繋がりが消える → 行政サービスで調達
  • 若者の労働力が減る → 高齢者の再雇用と自動化で調達
  • 国内需要が縮小する → 輸出と観光で調達

すべて同じ構造である。自分たちで内部で再生産せず、外部から調達する。これは個別の政策の問題ではない。現代社会の基本姿勢である。

なぜ内部で再生産しないのか

内部での再生産には、投資が必要である。時間、身体、関係性、機会費用、すべてを共同体の内側に投入する必要がある。

  • 子供を産み育てるには、時間と身体を投入する
  • 家族を維持するには、日常的な関係性の労働を投入する
  • 地域を維持するには、日常的な交流と相互扶助を投入する
  • 共同体の文化を継承するには、世代間の関係性を投入する

これらは、市場での効用最大化の観点から見ると、機会費用として膨大な損失である。同じ時間を市場労働に投入すれば、貨幣所得が得られる。内部での再生産への投資は、貨幣換算できない価値を生むが、市場では「何も生んでいない」と見做される。

個人が効用最大化を徹底すれば、内部への投資は非合理である。だからしない。誰もしないから、内部の再生産能力が失われる。失われた能力を、外部から調達して埋める。これが構造である。

外部調達の限界

外部調達は、調達元が無限にあるという前提の時だけ持続可能である。しかしこの前提は現実的ではない。

移民元の国は、いずれ自国でも少子化が進む。実際に韓国、台湾、中国、東欧諸国で既に進んでいる。輸入元の国は、自国の人口増加で食料需要が増え、輸出余力が減る。外国人労働者の供給元は、経済発展とともに自国内需要に吸収される。市場サービスの供給元も、同じ少子化と高齢化に直面する。

調達元が縮小すれば、外部調達のコストが上がる。コストが上がれば、調達できなくなる。調達できなくなった時、内部の再生産能力は既に失われている。共同体は機能不全に陥る。

これは遠い未来の話ではない。既に日本は、技能実習生の確保で他のアジア諸国と競合している。介護人材の国際的な獲得競争が始まっている。食料の輸入コストは円安で上がり続けている。外部調達の限界は、目の前で顕在化している。

言葉と実態の乖離

現代社会の矛盾は、言葉では「持続可能性」を掲げながら、実態では持続不可能な構造で動いていることである。

公式には、少子化対策、子育て支援、女性活躍推進、地方創生、食料安全保障、これらが政策目標として掲げられている。しかし実際の政策の帰結は、共同体経済を解体し、内部の再生産能力を削り、外部調達への依存を深める方向に働いている。

なぜ乖離が生じるのか。それは、個人の効用最大化と市場経済原理主義が社会の基盤思想になっているからである。この思想の上で「持続可能性」を実現することは、論理的に不可能である。思想そのものが持続不可能を生み出している。

持続可能性を本気で実現するには、基盤思想を変える必要がある。内部での投資を価値として認める思想。共同体の再生産を経済の中心に据える思想。個人の効用最大化を絶対視しない思想。これがなければ、どれだけ対症療法的な政策を打っても、根本原因は残り続ける。

次の章へ

なぜ個人の効用最大化と市場経済原理主義が、ここまで社会の基盤になったのか。その過程で何が起きたのか。次章では、GDPという指標を通してこの構造を分析する。GDPは、市場経済原理主義の思想を数値化した指標である。この指標が、何を見え、何を見えなくしているかを確認する。

Code: MIT / Content: CC BY-SA 4.0